どうも、ゆめとです。
大袈裟なタイトルを書きましたが、今日も思うところを
書いていきます。
ボクの結論
理性で欲望が制御できるモノを人間だとするなら
欲望を理性で制御できないのもまた人間だ
感情なんてモノを持ってる限り人間は過ちを繰り返す
まず、ボクは浮気や不倫が良い事だとも思っていない。今回取り上げるのは、一時の快楽的過ちでは無く、感情ありの本気の場合
本気の恋なら、浮気や不倫がイケナイことだとも思わないという話。
俗にいう不倫な恋愛関係が真実の愛であることもありえます。ただしそれは、相手が今の結婚が間違いであったことを認め、あなたと新しくやり直す気持ちを持っている場合です。
ジョセフ・マーフィー -(米国で活動したアイルランド出身の宗教者、著述家 / 1898~1981)
それでは、いってみよう。
浮気だとか不倫だとかじゃなくて『好き』かどうか
人の過ちは誰にもあり得ること
皆さんは
『過つは人の常、許すは神の心』ということわざを知ってる?
ボクはこの言葉が結構好きなんだけど、意味は
人間は人間である限り過ちは犯すものだ
そんな人間が同じ他の人間の過ちをとやかく言うべきではなく
許すとか許さないとか言えるのは人間より高いところにいる神の言えることだ
ということ。
今回の過ちがたまたま相手側なだけであって、その可能性は貴方にもあったよね?ってこと良くこんな言い方するんじゃないかな?「逆の立場ならどうなの?」とか
正直、加害者の言い訳にしか聞こえないけど、でも人間の恋愛が感情で動く以上それを止めることは誰にも出来ないんじゃないかな?
じゃあ、なんでそもそもそれがイケナイのか。
法律、ルール、倫理、道徳、大衆派、それが正義
そもそも、今の社会がそれを非人道的だとか決めつけている。これもお決まりのセリフだけど
「浮気(不倫)をしたのは、貴方にも理由がある」
ボクはその意見も至極人間らしいと思う。何の努力も無しに人のこころを繋ぎ止めるなんて無理な話、お互いがお互いを思い合わなければ人のこころなんてモノはすぐに離れる。
上の見出しでも触れたけど、人のこころは良くも悪くも移りゆくものだ。特に男女の間の事など、当の本人たちにしかわからない問題を『先に過ちを犯したから』と内情も知らない外野が騒ぐものではない。
既に愛が冷めていたとしたら、その関係は嘘、偽りであり
ただ、それを法だとか倫理、正義が無理矢理に形づくろうとしているだけだ。
命短し恋せよ乙女!
いい言葉だと思う。
短い命、奇跡的に今ここに居る、二人。どうせなら後悔をしない生き方をしたらいいと思う。
今、この一瞬に何が起こるかわからないのに
『その手を放して後悔は無いですか?』
汚くたって、醜くたって仕方ない、好きになったのなら諦められるワケが無い。
仮に、浮気(不倫)相手への気持ちを理性で押さえつけたとしてその偽りの愛で貴方は本当に幸せなの?恋人は自分に気持ちが無いのを知らずに一生を貴方に捧げるんだよ?
ボクはその方がよっぽど酷いと思う。もし騙し続ける覚悟があるのならそれでもいいんじゃないかな?
大切なのはけじめ!責任!
ボクの意見は
浮気や不倫がイケナイというよりは、そこに至る経緯だったり感情の有無が問題。
遊びならやめた方がいいけど、本気ならちゃんとすべての責任を取ってから、好きな人と向き合うべきだと思う。
両方を中途半端なままにして関係を続けようとすることがイケナイんであって。やっぱり、人を好きになること自体は悪い事ではないと思う。
だってそれがあったからからこそ、今の関係があるわけでしょ?それを自分が裏切られたから、好きになってもらえないからって当たるのは違うんじゃないかな?
つぎはぎな思い
感情なんてモノがあるから
人間は誰かを嫌いになって
怒って、泣いて、傷つけて、傷つけられる
でも、それは誰にでもあり得る事
違うのはどっちが先かって事だけ
だけど、感情があるから
ほら、また誰かを好きになったでしょ
まとめ
少し思い切ったネタにチャレンジしたつもりですが。まあ、本心なので仕方がないかな?というところです。冒頭にも書きましたが決して『浮気や不倫が良い事だ』とは言いません。
『人間が人間である以上、好きになることも嫌いになることも止められない』ということです。
今、貴方の隣に居る人が本当に大切な人なら現状に安心していたらダメだと思います。『人のこころは簡単に色を変えます』だからこそ、自分を磨いたり相手の事を思い合わなければいけないのです。それを怠っていたとしたら、恋人が浮気しようが不倫しようがそれは咎められません。どうせ、1度きりの人生なら大好きな人となるべく多くの時間を過ごしたい。
自分の幸せを考える事なんて当たり前のことなのだから。
それでは、この辺で。
コメント